引出はすべてジュウタンの上に投げ出され、中身はぶちまけられていた。ヘソクリまで逃がさないつもりだったのか、ご丁寧に本棚の中の本まで抜き出された形跡があった。
ストレングス部隊の物とは違う、白い制服を着たハーミット隊の者達が、犯人を特定するための手掛かりを得るべく、指紋や靴跡を探してあちこち調べまわっている。
「しっかし、ハデにやられたな」
荒らされた部屋を目の前に、アシェルは思わずそうつぶやいた。
「嵐が通ったみたいですねえ」
サイラスは軽く顔をしかめている。
泥棒の被害にあったという届出があったのは、今朝の事だった。昼に近い今は、そろそろ捜査の第一段階も終わろうという所。
「あの」
廊下から声をかけて来たのは、この家の住人、オリファント婦人だった。婦人はちらりとハーミット隊の方に視線をむける。
「そろそろ、終わるでしょうか」
「ああ、たぶん」
アシェルの言葉を聞き、婦人はため息をついた。
訴えによると、オリファント婦人は忙しい生活の中、何とか暇を作り三日間だけ旅行に行っていたらしい。
せっかく楽しい思い出を作ってきて、帰ってきたら家がこのありさまだ。ため息の一つもつきたくなるだろう。物を盗られて悔しいのはもちろんだし、ここまで荒らされたら、片づけるのだって大変だろうし。
幸い小さな庭だけは荒らされておらず、隅に植えられた月下美人の花がつつましやかにうつむいている。
「なにか、盗られていた物は?」
アシェルの質問に、婦人は視線を少し上に向けて必死に思い出すしぐさをしてみせた。
「ええ、タンスの中に入れておいたお金に、宝石がいくつか」
「じゃあ、やっぱり物盗りの……」
「あれ?」
二人の会話を遮るように、ハーミット部隊の一人が声を上げた。
「どうした?」
アシェルの言葉に、隊員はジュウタンの隅を指差す。
「あれを」
指の先を見ると、書類が一枚、ジュウタンの下からはみ出している。
テーブルの下だけに敷かれた物ならともかく、この部屋は床全体をジュウタンが覆っている。仮に紙を落としたとしてもまず下にもぐりこむ事はないはずだ。
「わざわざ誰かがジュウタンをめくりあげたみたいだな。その時に紙が挟まったのか」
「それに、あそこのソファに、新しい切れ込みが入っていました。背もたれの根本の、わかりづらいところに」
「ふうん」
まるで誰かがソファに切れ込みを入れ、つめものに何か隠されていないか探したようだ。
試しに、アシェルは問題のジュウタンをめくってみた。木の床に四角い、手の平大の切れ込みが入っている。
苦労して切れ込みに爪を差し込み、切り離された板をどけてみた。部屋の明かりで、床下の地面がぼんやりと見える。そこには棒のような物で探るように引っかかれた跡があった。
「なんだぁ? こりゃ」
「穴ですね」
サイラスが答えた。
「そんなことは見りゃ分かる。なんのための穴かって言ってるんだよ」
二人の漫才じみた会話に、婦人がクスッと笑ってから口を開いた。
「ジュウタンを敷いたときには、こんな物ありませんでしたわ。床を磨いたからよく覚えています」
「切り口がまだ新しいからなあ。空き巣の犯人が開けたと見てまず間違いないだろうが……」
ジュウタンをひっくり返し、床下を調べ、ソファの中まで探るとは。何かはっきりと目当ての物があり、それを探しているように見える。そして、それに気づかれないため、カモフラージュとして金を盗ったのだとしたら。
ご丁寧に人の目に触れない場所に保管されていて、人様の物を盗むような奴がほしがるもの。まっとうな物とは思えない。この優しそうな婦人は何か非合法な物でも隠し持っていたのだろうか? 例えば拳銃や麻薬のような。一瞬そう思ったけれど、すぐに頭の中で否定する。違法な物を隠していた犯罪者が、のんきに『泥棒にはいられましたぁっ』なんてストレングス部隊に通報するわけはない。何が隠されてあったとしても、とりあえずオリファント婦人はその事を知らなかっただろう。
「何か、金の他に盗られた物は?」
「さあ、なにせ、あちこちひっくり返されているもので」
奥さんは、何かを思い出そうとして頬に手をあて眉を寄せた。
確かに、これほど部屋が荒れていては、何か物がなくなっていてもすぐには分からないだろう。
「それに、私は三か月前にここに越して来たばかりなんです。前の人が残した家具や小物も込みで買い取りましたの」
前の住人が使っていた家具付きの物件というのも、ここではそう珍しくない。
船で行き来できる所に引っ越すならばともかく、荷車を馬に曳かせてえっちらおっちら、ということになると持っていける家具も限られてくる。それに、引っ越しの時の料金は、借りた馬の大きさや頭数で決まるから、割高にならないよう、依頼主はできる限り荷物を置いていくなり処分するなりしたがるのだ。
「まだどこに何があるかすべて把握したわけではありませんから、仮に食器や、タペストリなんか、物置にしまいこまれていた物がいくつか盗られていてもわかりませんわ」
(つまり、前の住人がらみかもってことか)
アシェルはさっと室内を見回した。
だとしたら、当然前に住んでいた者にも話を聞く必要がある。ただの物取りで片づけることもできるが、もし自分の推測の通りだったら、犯人が何を探していたのかがとても気になる。そしてそれが見つかったのかどうかも。ソファの中を探されていたあたり、そう大きい物ではないようだが。
「じゃあ、何か他になくなっている物がみつかったら教えてくださいね」
サイラスが愛想よく言った。
部屋を出ながら、アシェルはめんどくさいことにならなければいいが、と密かに思った。
詰所のドアを開けると、プーがサイラスの足にまとわりついてきた。
「ぷーちゃん、ただいま~」
プーの頭をなでるサイラスの横を通り、アシェルは自分の席につく。するとファーラが机の上に書類を一枚置いてきた。
「あなた方が留守の間に、こんな物が回ってきましたの」
書類には、夕方、十六歳の女性が買物帰り、布を巻き付け顔を隠した男に手首を捕まれた、ということがもったいぶった文体で記されている。
「誘拐未遂?」
被害者の名前はエディス。現場の近くには馬車が停まっていて、危うくそこに押し込まれそうになったそうだ。
しかし、抵抗した時道に捨てられていた空き瓶の山が倒れ、その音に気づいた通行人が様子を見に来たおかげで誘拐犯は逃げていったという。
「未遂でよかったな。もしさらわれたらまず帰ってこないぞ」
アスターの街を通り、海まで流れているディレイン河(がわ)。その河のそばで誘拐事件が起こっても、身代金要求の脅迫状はまず来ない。金を受け取るために両親に接触すれば、それだけ捕まる確率が高くなる。そんな危ない事をするよりは、さらった人間をさっさと船に乗せて他国にでも売り払ったほうが安全に儲かるからだ。
「なんでも、腕をつかまれたときに『エディスだな』と名前をよばれたたそうなの。男の声だったけれど、聞き覚えはなかったって」
「本人かどうか、確認したってか。だとしたら、金になりそうな年頃の女なら誰でもいいってわけじゃなくて、彼女個人を狙っていたってことになるな。ただの人身売買ってわけじゃなさそうだ」
「その娘(コ)の家族か恋人にでも恨みでもあったのかしら。本人に恨みがあるのなら、わざわざ名前なんて確認するまでもなく知っているでしょうし。もっとも、雇われた他人だとしたら話は別ですけど」
「どんな理由か知りませんが、か弱い女性を狙いますか普通? 卑怯すぎますよ」
サイラスが口を挟んできた。
「女だろうが男だろうが他人襲う時点でまずダメだろ」
アシェルがもっともといえば実にもっともな突っ込みを入れる。
「なんにせよ、犯人を捕まえないかぎり彼女はまた狙われるかも知れませんわ」
プーがサイラスの元を離れ、アシェルの膝に前足を乗せると抱っこをねだった。
「こりゃ話を聞いて、必要があれば護衛つけた方がいいな。ファーラの仕事か」
プーを抱き上げてやりながらアシェルが言った。
「え? だって相手は女性を誘拐しようとするような奴ですよ? 護衛なら僕か隊長が行った方がいいんじゃありませんか?」
「あのな、サイラス。相手は年頃のお嬢さんだぞ? 事態によっちゃボディーガードする事になるかもしれない。いくらストレングス部隊とはいえ、野郎に私室うろうろされて喜ぶと思うか?」
「あ、ああそうか」
「大丈夫ですわよサイラス。私だってストレングス部隊ですもの。万一さらわれたら犯人達の首でも手土産にして帰ってきますわ」
上品に指先で紅い唇を隠し、ファーラはしとやかに微笑んだ。淑女のようなしぐさと裏腹に、言っていることはどこかの伝説の英雄のようだ。
「ファーラさん、女性がそんな事いっちゃだめです!」
「そうだぞ、ファーラ」
サイラスの言葉に、たしなめる口調でアシェルが続ける。
「ああいう犯罪者って横のつながりが結構あるんだ。芋づる式に捕まえるために事情に詳しそうな奴は生かしておかないと!」
「問題そこですか隊長?!」
「まあ、二十四時間一人で護衛ってわけにはいかないから、ファーラだけに任せるってわけにはいかないけどな。最初に話を聞くのは同性の方がしゃべりやすいだろ。というわけだ、ファーラ、頼む」
「わかりました。プー、何やってますの? 行きますわよ」
嬉しそうにアシェルの胸に貼り付いて頬ずりしているプーを、ファーラはひょいっとひっぺがす。床におろされると、プーは慌ててファーラの後についていった。
泥棒カラスを捕まえるためにぶんなげられたりしたわりには、ファーラと仲のいいプーだった。
エディスは、ほっそりとして儚い感じの少女だった。両親に必要なあいさつをしたあとで、ファーラはさっそく彼女を連れて現場に向かった。
案内されたのは、広いわりには昼でも人気(ひとけ)のない通りだった。なるほど、ここなら馬車も近くまで寄せられるし、誘拐には絶好の場所だろう。
プーがくんくんと珍しそうに地面を嗅ぎまわっている。
「……それで、ビンが倒れた音に気付いて見に来てくれた人がいて……」
嫌な記憶が蘇るのか、エディスは細い肩を抱きながら何があったのかを話り始めた。その説明は書類に書かれた事と大体は同じだった。
「まあ、それは大変でしたわねえ」
ファーラは軽く答えながら、石畳に目を走らせたが、何も興味を引くような物は落ちていなかった。それはプーも同じらしく、不満げにファーラを見上げてくる。
「あ、あの……」
おどおどとエディスが話しかけてきた。
「あの、こういった場合、私の両親が襲われることはあるかしら」
「可能性はありますわ。原因を突き止めて、犯人を捕まえない限りは」
エディスが『大丈夫』という答えを期待しているのは分かった。けれど、ファーラは事実の方を口にする。
とりあえず人を安心させるための場当たり的な嘘というのは、案外バレるものなのだ。
「そんな……」
泣き出しそうにエディスは顔をしかめた。
「襲われたのは自分なのに、両親の事まで気にするなんて、優しいんですのね」
「え、ええ……大切な人達ですから」
「……?」
その言い方が妙にファーラには引っかかった。『大切な人達』なんて、家族に対してそんな表現をするだろうか。少しよそよそしい気がする。
何かわけがありそうな気がするけれど、誘拐事件でショックを受けている女の子相手に掘り下げて訊くのはためらわれた。
「あまりうろつくのも危ないわね。住み込んで守る事はできないでしょうけれど、夜はあなたの家の周りを見回らせますから」
そういってファーラはエディスの家にむかって歩き始めた。
女の子がさらわれようが、空き巣事件が起きようが、街は相変わらずにぎわっている。関係ない家の手伝いを一区切りさせたのだろう、子供が何人かパタパタとかけていった。家を修理をしている大工が路上で一服している。
「プー」
ふいにファーラがプーに呼びかけた。プーは小さく鳴くと、また誘拐現場に戻ろうとしているように走り出した。
「あの……」
なんでプーが走り出したのか気になったのだろう。語りかけてきたエディスを、ファーラは「しっ」と小声で制した。
「振り向かないで。つけられてますわ」
ファーラは、そのままのスピードで歩き続けた。いくつか角を曲がり、エディスの家へ向かうルートから外れる。
しばらくしておもむろに踵(きびす)を返す。つかつかと歩いて行って、通行人の一人の前に立ちはだかった。
「こんにちは。さっきからついて来ているようですけど、なにか御用かしら?」
ストレングス部隊に行く手を遮られ、戸惑っているのは初老の女性だった。シスターらしく、修道服を着ている。
驚いて逃げようとしたのか、シスターは後ろを振り向いた。しかしそこではプーがうなり声をあげていた。
もっとも、実際は小さなプーに噛みつかれたところでたいして痛くはないだろうが、匂いさえ覚えれば、逃がしたところで居場所を突き止めることができるだろう。
「いえ、私は、その……」
シスターは言い訳を考えようとしているようにおろおろしている。
「イネス先生?」
エディスの顔がパッと嬉しそうな笑顔になった。
オリファント邸の前の住人を調べるため、アシェルは役所にむかった。窓口で対応してくれたのは、五十ぐらいの男だった。
「はい、これが例の住所の履歴です」
エルドンというらしいその男は、ファイルの該当ページを開いて差し出してくれた。
「オリファント婦人の所ですか。真っ白い花が生えている所ですよね。なんでも、空き巣があったとか」
「知ってるのか」
「いえ、昼に一度その近くを通ったことがあるんですよ。事件についてはここに来るお客さんから聞いたんです。ストレングス部隊の方がたくさんいたって。何か盗まれたんですか? 犯人の目星は?」
歳のわりには好奇心旺盛なようで、エルドンはあれこれきいてくる。
「そういう事はちょっと。あんまり人に言うわけにはな」
苦笑しつつ、アシェルは必要と思う項目のメモを取った。
書類によると、例の家に前住んでいた者はレーラという女性だったようだ。だとしたら、泥棒は彼女が家に隠しっぱなしだった何かを探していたのかも知れない。
できるならレーラに話を聞きたいところだが、どうやらそれは無理だろう。なぜなら、住民票によると彼女は三か月前、馬車事故で死んでしまっているから。
事故が起きたのは管轄外の場所で、アシェルは詰所に戻ってから資料を取り寄せなければならなかった。
「十三番地区ストレングス部隊ルドです! 資料をお届けに参りました!」
元気よく詰所のドアを開けたのは、サイラスと同じくらいの隊員だった。礼儀正しく一礼して、書類の束をアシェルに渡した。
「すまないな、わざわざ十三番地区からお使いさせて」
「いいえ、仕事ですから」
アシェルはさっそく紐で綴られた書類をめくる。サイラスが横からのぞきこんできた。
「三か月前って言ってましたよね」
「あった。これだな」
書類によると、レーラが巻き込まれた事故は、乗り合い馬車が山道から転落したというシンプルな物だった。土に残された跡や、乗客の話から事件性はないらしい。重症を負った者はいたが、他に死人はなく、レーラは唯一の犠牲者になってしまったようだ。
レーラは身寄りがいなかったため、最初は身元がわかなかったらしい。そのため新聞に似顔絵を載せ、心当たりの者がいないか呼びかけたようで、その記事が参考資料として書類に糊付けされていた。
「あれ、これって……!」
サイラスが急に大きな声を出した。
「どうした、サイラス」
サイラスは、アシェルの言葉に応えもしないでぱらぱらと書類をめくりはじめた。
「あった! ほら、これ!」
それは、十数年前の連続強盗事件の記事だった。目撃情報から描かれた似顔絵が添付されている。
何人かいる犯人の中に一人、女性がいた。見出しによるとアイネアスという名前らしい。サイラスの指が彼女を差す。
「ほら、この人目の下にほくろがあるでしょう」
確かに、目の下に二つほくろが並んでいる。
「でもって、レーラさんにも、ほら」
「ああ、確かに顔の形も、雰囲気もそっくりだが……」
新聞によると、この犯人達は、強盗だけでなく金持ちの家で窃盗もしていたらしい。
「で、結局その強盗犯は捕まったのか?」
アシェルの言葉に、サイラスが首を振った。
「いえ、書類をみるかぎり、全然。奪い取られたのは宝石の類なんですけれど、闇市場(やみしじょう)に流れた形跡がないんです。奪い取った金を使わずにため込んで、じっとしているみたいです」
美術品やら宝石の類は、ちょっとした古道具のように道端で売買される事はまずない。大抵は闇のオークションやら金持ちの家やらで違法に売り買いされる。
だからその売買に関わった者の口を通して、『盗まれたあれがどこそこにあるらしい』といった噂が意外と広まるものなのだ。
もっともその噂が部隊に届くまでの間、もちぬしが巧妙に隠してしまったり、また人手に渡ったりで押収されることは少ないが。
「で、その強盗犯アイネアスがレーラかも知れないってか?」
たしかに、泣きぼくろが一つならはともかく、二つ並んでいるというのは珍しい。だから同一人物だというのもわからないでもない。
でもそう短絡的に結び付けるのはいかがなものか。
「う~ん、これだけじゃ何ともなあ。つけぼくろかも知れないし、宝石だって小さくして違う形に加工して売り払ったのかも知れないぞ。足がつくより値段が下がった方がいいと判断したのかも知れない」
「え~」
サイラスは何やら不満そうだ。
「それにしても、レーラと強盗犯が似ていることによく気づいたな?」
「いえ。小さい時の事だから、詳しくはよく覚えていないんですけど。昔、家の絵が盗まれた事があったんですよ。その時話題だったから、アイネアスに盗まれたんじゃないか、って話が出ていて」
そういえば、サイラスの家はそこそこ金持ちだった事をアシェルは思い出した。
サイラスはぱらぱらと紙をめくり、それぞれの似顔絵を見比べると、「やっぱり、似てると思うんだけのなぁ」と呟いた。
勧められたイスに腰掛けながら、ファーラは少し気まずい気分を味わっていた。
「まさか、孤児院の先生だったなんて」
レーウォン孤児院は、詰所からはやや離れた所に立っていて、ファーラも外観は見た事はあったが、中に入るのは初めてだった。
孤児院の応接室は、丁寧に手入れされていて、テーブルもソファも古ぼけているが、少ない資金でできる限り快適にしようとしているのがうかがえた。
階下から、ほとんど悲鳴のような子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。造りからして、孤児達が寝起きしている棟は別にあるようだが
「エディスさんは、孤児でしたのね」
エディスが言った『大切な人ですから』という言葉の意味がようやく分かった気がした。エディスは、自分の置かれている立場がわかるくらいの年齢になってから養子に出されたのだろう。だから、恩のある里親に迷惑をかけたくないという気持ちが、少しよそよそしい言葉になって出たのに違いない。
そして、エディスが孤児ならば、誘拐事件に実の親が関わっている可能性もある。
そういった事情なら、エディスの出生に色々と複雑な過去があっても不思議ではない。 (エディに席を外してもらうことにして正解でしたわね)
あれこれと話すうちに、孤児院側が伏せている秘密がエディスに暴露されてしまうような事はしたくなかった。
「ええ。実は町でエディスちゃんを見かけて。なんだか元気がなさそうですし、ストレングス部隊の人と一緒でしょう。ですから心配になってつい」
「そんな回りくどい事をしないで、声をかければよかったんですわ」
「ええ。でもエディスちゃんは新しい家族の元で幸せに過ごしているのに、今更私が声をかけるのもどうかと。それにしても、なぜストレングス部隊の方が……」
ファーラは誘拐事件の事をシスターに説明した。
「……というわけで、私はその事件を調べてましたの。エディスさんの本当の両親は分かっていますの?」
「ええ」
シスター・イネスは静かに立ち上がった。
「こちらへ」
シスターはポケットから鍵を取り出すと、隣の部屋に続く扉を開けた。
シスターが自分に何を見せようとしているのか分からないまま、ファーラは着いていく。
そこは、一見物置のようだった。いくつもの木箱が棚に並べられている。その部屋の隅に、ガラスでできたショーケースのような物が置かれていた。
中には、隙間なく細々(こまごま)とした物が並べられていた。
陶器のお守り、鎖を通し首にかけられるようにした指輪。聖印が刺繍してある端切れ、『愛してる』とだけ書かれた厚紙。
「孤児院に預けるとき、親が子供の幸福を祈ってもたせた物です」
様々な想いが込められた、様々な品々。しばらくファーラはそれらを黙って見つめていた。
「子供本人には渡しませんの?」
不思議そうな顔をしたファーラにシスターが教えてくれた。
「本来なら、すぐにでも子供に渡すべきなんですが、子供というのはよく物をなくしてしまいますからね。十六になったときか、新しい家族とご縁があったとき、渡すことになっているのです」
シスターは、そのケースの隅を指差した。荒れた細い指の先では、擬人化されたウサギのぬいぐるみがぽつんと立っている。
白いレース地でできたドレスはいびつで、ほとんど布を体にまきつけただけのように見えた。裁縫になれていない者が作ったのだとすぐわかる。レース自体も手づくりなのか、お世辞にも細かな作りとは言えず、レースというよりは幅広の紐で編んだ荒い布、といった感じだ。
「今の家族の元へ行くとき、エディスちゃんに返そうとしたのですけれど、断られてしまって。かといって、親御さんが祈りを込めて渡されたものですからね。捨てきれなくて」
こういった物をとっておくから、物が片づかないんですよね、とシスターは苦笑する。「エディスさんの本当の親の名前は分かっていますの?」
穏やかなシスターの微笑みが消えた。シスターはまっすぐにファーラを見据える。
「ええ。書類には残していませんし、エディスちゃん本人にも言っていませんが……母親の名前だけは知っています」
シスターのまなざしが、過去を見つめるように細くなった。
「ある夜、カゴに入れたエディスちゃんを持って、孤児院の隅にたたずんでいるの女性を見かけましてね。話しかけたら、身の上話をしてくれました。彼女から聞いたことは墓場まで持っていく約束だったのですけれど。エディスちゃんの命に係わることですから、神様もお許しくださるでしょう」
そう前置きすると、シスターは静かに言った。
「母親の名前はアイネアス……強盗犯とされる人物です」
ファーラが詰所のドアを開けたのに気づき、アシェルとサイラスは書類から目を上げた。
「お帰りなさい、ファーラさん」
「あら、見慣れない方がいますわね」
ファーラが、サイラスの隣にいるルドに気付いた。ルドは「おじゃましてます」と会釈をする。
「で、どうだった?」
アシェルの言葉に、ファーラは顔をしかめた。
「とりあえずは、まだマメにエディスを見守る必要がありますわね」
「早い所犯人捕まえないとなあ。あんまり人員裂くわけにはいかないし」
「というわけで犯人逮捕のために、少し調べたい事ができましたの。アイネアスという強盗犯について、なにか記録がないかしら」
「ええ?」
アシェルが手元にあった書類を渡す。
「アイネアスって、まさかこいつのことか?」
「まあ、なんてあなたがこの書類を持ってますの?」
「ちょうど今、そいつについて調べてた所だぞ。空き巣に入られた家の前の住人が、こいつだったんじゃないかって話でな」
「こっちは……」
ファーラはエディスが孤児であること、そしてその母親がアイネアスだという事を説明した。
「つまり、アイネアスとレーラがサイラスの言う通り同一人物だとすると……」
アシェルはその辺りにあった紙を広げると、羽ペンで簡単な年表を書き始めた。
十?年前 アイネアス、強盗で荒稼ぎ
十六年前 孤児院にエディスを預けて蒸発
?前 レーラと名前を変えてアスターに戻ってくる。現オリファント婦人宅に居住
三か月前 馬車事故で死亡。自宅オリファント婦人に渡る
現在 オリファント婦人空き巣被害
「て事か」
「そういう事になりますわね」
はあ、とファーラはため息をついた。
「街に戻ってきたあたり、子供の事が忘れられなかったんでしょうね。子供に手作りの人形を渡しているし、犯罪者ではあっても血も涙もない、っていうわけではなさそうですわ」「手作りの人形?」
「人形というよりもぬいぐるみかしら。孤児院でみたんですの。白いレースのドレスを着たうさぎの」
「ふうん。白いレースのドレスのうさぎねえ」
その時、ノックの音がした。
「あの、アシェル隊長」
部下の一人が扉を開ける
「オリファントさんが来ていますが」
部下の後ろから、少し居心地悪そうにオリファント婦人が顔をのぞかせた。
勧められたイスに座ると、婦人なぜか申し訳なさそうな口調で話し始めた。
「実は、お金の他にもなくなった物があったんです」
「へえ、それは?」
アシェルが問いかけると、オリファント婦人は大げさに手を振った。
「いえ、その。重要な物ではないんですよ。わざわざ伝える必要はないって思ったんですけど、気づいた事があればどんな事でも、と言われたので……」
「まあ、そんなに恐縮しないで。何が手掛かりになるか分からないから、なんでも気になった事は教えてくれた方がありがたいんです。で、なくなった物というのは?」
オリファント婦人は、アシェルと視線を合わせると、思い切って言った。
「それが、レシピなんです」
「レシピ?」
「ええ。本ではなくて、手書きの紙が一枚なんですが。ジャガイモとベーコンのパイの作り方。前に台所の引出に入れっぱなしだったのを見つけたんです。それがなくなっているみたいで」
「ふええ、よくあの惨状でよく気づきましたね」
関心したようなサイラスの言葉に、彼女は身を乗り出してきた。
「それが、一度そのレシピ通りにパイを作ってみたらものすごくまずくて! それで覚えていたんです。あとで、油汚れでも拭くのに使おうと思ってとっておいたのですが、それがなくなっていて……」
「しかし、なんだって犯人はそんなものを盗んだんでしょうね?」
サイラスが小首をかしげた。
「そんなにまずいんじゃ、どこかのシェフの犯行ってわけじゃないでしょうに」
「あー、なんか分かった気がする」
サイラスの言葉に、アシェルはぼそっと呟いた。
「なあ、ルド」
「はい?」
「悪いんだが、帰りに市役所によってエルドンって奴に連絡とってくれないか。エディスの両親についての記録があるかどうか」
「はい!」
快く返事をしたルドと対照的に、ファーラは不思議そうな顔をした。
「シスターは秘密を墓場まで持っていくと言っていましたし、そんな記録が残っているとは思えませんけれど」
「まあ、それはそうだろうけど。念のためだよ、念のため」
「それでは」とあいさつをして去っていくルドを見送りながら、アシェル散らかった机の上を片づけ始めた。
木の枝が月光に照らされ、白いカーテンに血管のような影を落とす。その木の影に、何か黒い物が貼りついていた。
その影は、枝をつたって窓へと近づいていった。専用の刃物を使い、ガラスの隅を切る。穴を通った腕が、鍵を開ける。小さな音をたて、窓が開いた。黒い影は枝を伝い、応接室へと滑り込む。
「はい、おまちしておりましたわ」
ふわっと明かりが灯った。闇の中にランプを持ったファーラの姿が浮かび上がった。
「初めまして。エルドンさんでいいのかしら」
薄暗い部屋の隅に、飛び降りた格好のままエルドンがしゃがみこんでいた。ファーラを見つめている目に驚きが宿っている。
「なんでここに……」
彼の言葉に答えず、ファーラは部屋の隅に視線をむけた。
「この声に聞き覚えは?」
ファーラの隅に隠れるように、エディスが立っていた。
「ええ、確かに私をさらおうとした男と同じ声ですわ」
「だ、そうですけど、どういうわけかしら」
「チッ!」
いくら近いからとはいえ、ファーラに背中をむけ、両手をふさいで窓の枝に再びしがみつく気にはならなかったのだろう。エルドンは廊下へ続く扉へむかった。
ファーラはエディスを背後にかばい、道を開ける形で退いた。
慣れない館の玄関にたどり着くのは意外と手間取る物だ。すぐに捕えられるだろう。何よりもエディスに危険が及ばないようにしなければ。
扉を乱暴に開け放し、エルドンが廊下へ走り出る。
孤児達がいるのは別棟だし、シスターにはここには来ないように言ってあるから、危険はないはず……
「ひいっ」
廊下の外で響く、エルドンの物ではない、小さな悲鳴。
「シスター!」
ファーラが部屋を飛び出ると、エディスが、イネスの首元に片腕をまきつけ、動きを封じている。もう片方の手には、当然のようにナイフを握っていた。
「先生!」
エディスがシスターに駆け寄ろうとする。ファーラは慌ててその襟首をつかんで引き戻した。そして、犯人ではなくシスターを睨みつけた。
「なぜここに! 来るなと行っておいたはずですわよ」
「ご、ごめんなさい。どうしてもエディスちゃんが心配で」
「う、動くな!」
お決まりといえば実にお決まりなセリフをエルドンは吐いた。
「なんか聞こえちゃいけない声が聞こえたと思ったら、こっそりシスターが来てたのか」
応接室からひょいっと顔を出したのはアシェルだった。
「手順が狂っちゃったな。本当はファーラが捕まえるはずだったのに。オリファント婦人の家を荒らし、エディスをさらおうとしたのはお前だな、エルドン」
アシェルは、一歩廊下に踏み出した。
厄介なことに、エルドンの持つナイフの刃先は、シスターのすぐ喉元で揺れている。下手に取り押さえようとすれば、スパッといきかねない。
「俺が役所に調べにいったとき、あんたはオリファント婦人の庭についてこう言ってたよな。『白い花が生えている』『昼に一度その近くを通ったことがある』」
「そ、それがどうしたんだ! まさか近くを通っただけで犯人扱いか」
「あの庭に生えているのは月下美人の花だ。月下美人の花はたった一晩しか咲かない。つまり、その香をかいだってことは、お前は夜、オリファント婦人の家に行ったってことだよ!」
アシェルはエルドンにさりげなく近寄っていこうとした。
だが、シスターを抱える腕に力をこめられ、その場で足をとめる。なんとかして距離をつめられればいいのだが。
「大方、書類整理でもしている時にでも、エディスの母親が強盗犯アイネアスだと気づいたんだろう。サイラスが気付くぐらいだからな」
「で、何か手がかりがないかと前にアイネアスが住んでいたオリファントさん家をあさったというわけですの」
ファーラが呆れたように言った。
「オリファント婦人の家で暗号を手にいれたまでは良かったが、肝心の鍵がなくちゃな」
「あ、暗号?」
エディスがかすれた声できく。
「時間がないから、詳しくは話せないけど。こいつはある家から料理のレシピを盗んだんだ。そのレシピが実は盗品のありかを記した暗号だったっていうわけ」
エルドンは黙って憎々しげにアシェルを睨みつけている。
「荒れた家を見て、最初は隠した美術品を探したのかとも思ったが、絵やら彫刻を隠すにしてはソファの中や床下なんかは狭すぎる。だとしたら、犯人が捜していたのは宝そのものではなく、隠し場所を記した何かだと考えるのが順当だろう」
「クッ……
「その何かをもとに財宝を見つけ出したなら、犯人はとっくにこの街から逃げ出してるはずだ。誘拐犯と泥棒が一緒だと仮定すると、そのあとでわざわざエディスをさらおうとする意味がわからない」
「つまり、隠し場所を記した何が手に入れたにしろいないにしろ、犯人は何かの理由で美術品を取りに行けなかったという事ですのね」
ファーラが言った。
「でもって、レシピが盗まれたっていう情報が入ったからな。そのレシピに何か隠されてたんだろうって考えるのは自然だろ。もしそれが暗号で、解読できなかったんだとしたら、犯人がエディスをさらおうとしたのもつじつまが合う。彼女なら手がかりを知っていると思ったんだ」
アシェルの言葉に、エディスは目を見開いた。
「そんな! 私は盗品の隠し場所だなんて……!」
「まあ、むこうは君がそんな情報を知らない事を知らないからなあ」
アシェルはちょっと苦笑する。
そして後ろ手に隠し持っていたある物をエルドンに見せつける。
「お前が欲しいのはこれだろ?」
もったいぶって取り出したのは、ウサギのぬいぐるみだった。白のドレスを着たウサギが、アシェルの手の中で天井を見つめている。
「大の男がしたり顔で取り出したのがウサギちゃん? なんだか恰好がつかないですわね」
その様子を見ていたファーラが呆れたように言った。
「し、し仕方ないだろ? これが鍵なんだから」
どこかふざけたファーラとアシェルの会話によそに、エディスは顔色を変えた。
「そ、それは!」
アシェルはポンとウサギを自分とエルドンの真ん中に放り投げる。
そしてマッチを取り出すと、壁にこすり付けて火をつける。
「ほれ」
ひょいっと投げつけられたマッチが宙に弧を描く。
「ああ!」
エルドンはシスター・イネスを放ったらかし、ウサギのぬいぐるみにむかってダイブした。両膝をつき、両手をでウサギをつかみ、燃えていない事を確認し始める。
もちろん、そんな隙だらけの状態をファーラが見逃すはずがなかった。膝をエルドンの背に当て、両手をひねり上げる。ほんの数秒でエルドンの手首は捕縄で縛られた。
「あほか。本当に燃やすかよ」
ウサギに届く事なく床に落ちたマッチをアシェルは足で踏み消した。
他に武器を持っていないかエルドンの懐を探っていたファーラが、手を止めた。
「あら。ご丁寧に持ち歩いてましたのね」
胸ポケットから引きづり出されたのは、一枚のレシピだった。
「多分、鍵はドレスだと思う」
アシェルが床に転がったウサギのぬいぐるみを手に取ると、ファーラに投げ渡した。
ファーラがドレスを縫いとめてある糸をほどく。ほとんど布を巻き付けただけのドレスは、一枚の大きなレースになった。四角い穴が、ランダムに並んでいる。
「カルダングリルって結構原始的な暗号だよ。適当な文字を書いた紙の上に、所々穴の開いた紙を乗せる。穴からのぞいた文字だけを読んでいけば、本来の意味が読み取れるという奴だ」
穴がいびつなのは、下手だというわけではなく、きちんとした理由があったのだ。
「じゃあ、レシピではなくてただの文字の羅列でも良かったわけですのね」
「まあ、理屈ではな。でも、レシピにしたのは考えがあっての事だと思うぞ」
アシェルは、茫然としているエディスに目を向けた。
「変な話、暗号ってのは解かれて初めて意味がある物なんだよ。戦時中における作戦だろうが、宝の隠し場所だろうが、味方なり仲間なりに伝わらなければ意味がない。まあ、自分のためだけの秘密の日記を書くなら別だけど」
アシェルの解説を聞きながら、ファーラはレシピにレースを重ねてみた。
『盗品のありかを記す。その場所は……』
「長い間、宝物を取り出すつもりがないのなら、その間に何があるかわからない。暗号が、暗号だということ自体忘れ去られては意味がない。だから、明らかに間違った分量のレシピ、という形を取ることで、わかる者にはわかるようにしたのさ。現に、エルドンだってそれで分かったんだろう」
「これはお返ししますわ。ドレスの方はもう少しあずかる事になると思いますけど」
ファーラは人形の埃をはらうと、エディスに手渡した。
エディスは、どう扱っていいのかわからないように、手の中のぬいぐるみを見つめた。
「この人形を渡したということは、アイネアスは宝を貴女に譲ろうとしたんですわ。まあ、もっとも盗品だということが分かった以上、渡すわけにはいきませんけどね」
「……」
「それにうさぎのぬいぐるみは、暗号だの宝だの抜きにして、君に純粋に喜んで欲しかったんだと思うぞ」
アシェルの言葉に、エディスはそっとぬいぐるみを抱きしめた。
「……宝物は、別にほしくありません。でも、このぬいぐるみはもらっておきます」
確かに盗品なんて、実の母が娘に与えるにしては、褒められるような物ではない。けれど、確かに贈り物ではあった。
暗号を解いた結果、財宝が眠っているのはアスター街からかなり離れた山の中だということが分かった。当然、アシェル達の管轄ではなく、現地のストレングス部隊が捜索をすることになった。
数日後、アシェルは詰所で捜索の結果を書いた書類を読んでいた。
サイラスがわくわくした表情で聞いてきた。
「で、結局、宝物は見つかったんですか?」
「ああ。とある山の洞穴(ほらあな)の中で見つかったらしい。できるかぎり元の持ち主に返すそうだ」
「でも、十数年前に盗まれた物でしょ? 全部持ち主の元へ返す事ができるのかなあ。行方が分からなくなっている人とかいるかもしれないし、ひょっとしたら盗難届が出ていない物もあるかも知れませんよ」
「そういう物は国庫に入るんだよ。残念ながら、エディスには一銭も入らないな」
「いいんですわよ、それで。人間、急に大金手に入れると破滅しますわよ」
ファーラが涼やかな声で言った。
「ああ、そういえば、出てきた宝物って全部鑑定したんですか?」
「いや、ぼつぼつ始めてはいるらしいけど、いかんせん数が多いから。二、三枚鑑定書は来ていたけど。……ああ、そうか。盗まれた絵が気になるのか」
「そうなんです。絵を買ったとき、母は鑑定するよう勧めたらしいんですけど、父は『本物に決まってる』って。たぶん、偽物だって言われるのが怖かったんでしょうね」
「そういえば、本当に盗品で間違いないか確認するためにとりあえずやった奴の。ひょっとしたらその中に問題の絵があるかもしれないぞ」
アシェルは封筒の中をのぞくと、紙を一枚ひっぱりだした。
ちょっと気になったらしく、少し離れた場所に立っていたファーラもアシェルのデスクに近づいてきた。三人の視線がその書類に注がれる。
「ええっと、たしか画家の名前とタイトルは……」
サイラスが教えてくれた画家の名と絵のタイトルを、鑑定結果が書かれた表の中から探し始める。
そして、数秒後。
「親父には、内緒にしとけ」
「はい」
アシェルの言葉に、サイラスは素直にうなずいた。