「あなたの方から訪ねて来るなんて、珍しいですね、ハディス」
ハディスを部屋へ通すと、ロレンスは微笑んだ。
「ああ、ちょっとした話があってな」
気乗りがしないまま、ハディスは小さなイスに腰掛けた。
ハディスは、ロレンスの部屋が苦手だった。なんというか、居心地が悪すぎるのだ。質素をよしとするハルズクロイツの教えに従い、枢幾卿の物とは思えないシンプルなベッド。
そして小さなテーブル。暖炉はある物の、マントルピース(炉棚)には絵の一枚も飾られていない。
作り付けられた本棚に収められた本でさえ、聖書や歴史書の類だけで、何代か前の枢機卿に入れられたまま増えも減りもしていないのだろうと予測がついた。
それらはハディスに宿屋か牢獄を連想させた。短い間で主人が入れ代わる事を前提に造られた部屋。
寝具を洗い、おざなりな掃除をするだけで、ロレンスという男が生きていた痕跡も証拠もきれいさっぱりなくなってしまう部屋。
「あれ」
ハディスはテーブルの上に見慣れない物を見つけた。
「あんなの、今まであったっけか」
それは小さな鉢植えだった。観賞用のツタが、鉢ごと装飾用の鳥カゴに入れられている。ツタは少し珍しい種類の物で、小さな黄色の花がぽつぽつと咲いていた。
「ああ、あれですか。あれはあの女性(ひと)からの贈り物です」
そこでロレンスはくすくすと笑い出した。
「おもしろいと思いませんか、ハディス。鳥カゴというのは、中にいる鳥が逃げないようにするための物でしょう? 花は飛んで行ったりしないのに、なぜカゴに入れる必要があるのでしょう」
「さあ」
鉢を鳥カゴに入れる理由はわからなかったが、なんでロレンスの恋人が鳥カゴの飾り物を選んだのかはなんとなくわかった。
たぶん、その花を受け取った奴を放したくないという気持ちの表れだろう。あるいは消えてしまいそうな何かを留めておきたいという。
「あまり、自分の物を増やすのは好きではないのですが。水やり用のビンか何かを買わなくては。この部屋にある水差しでは大きすぎて。せっかくだから、キレイな飾りのついた物がいいですね」
ロレンスは何気ない仕草で葉の先に触れた。部屋の中で、その花の周りだけ場違いなほど明るく暖かく見えた。
「なあ、ロレンス」
呼び掛けた自分の声が、がらにもなく真剣なのにハディスは気がついた。しかし、これから告げようとすることはひどく大切な気がして、いつものふざけた口調に戻すのは止めにする。
「お前、その女絶対に放すなよ?」
ハディスの口調のせいか、そもそもその言葉自体が意外だったのか、ロレンスは少し驚いた顔をした。そして、いつもの愛想笑いとは違う、本当の笑顔を浮かべる。
「言われなくてもそうするつもりですよ」
「それよりも、話というのは?」とロレンスに促され、ハディスはこの部屋に来た目的を、ようやく思い出した。
いいですね!